宮本地理学研究所トップページへ

地理学について



地理学とは何か?
ニベーション研究



地理学とは何か?(注)


 大学に入学して以来、「専門(専攻)は何?」とか「学部はどこ?」という類の質問は、挨拶の一つように尋ねられます。地理学が専門と答えると、相手の反応は「地理学って何?」というパターンと、「あちこち出かけられて楽しそうだね」というパターンに分かれます。たしかに、鉄道好き、山好き、旅行好きの人が地理を専攻しているケースは多くあるようです (古今書院地理編集部, 1992)。しかし実際には、地理学専攻だからといってもあちこち出かけません。あちこち出かける人は、もともと出かけることが好きな人です。また「地理学とは何」という質問には、しばしば答えにつまることがあります。なぜかというと、大学の授業でそんなことは扱わなかったし、考えもしなかったからです。

横浜国立大学では「地理学教室」の所属ではあったものの、講義の内容は地理学の各分野(地形学、気候学、都市地理学、文化地理学、地誌、水文学、歴史地理学、地図学)のことばかりで、「地理学とは何か」については扱っていなかったような気がします。むしろ内容が多岐にわたりすぎて、地理学が一つのまとまりである意味はほとんど無いようにも思われました。地形学のゼミに所属していたのですが、専門性が高すぎて、「地理学とは何か」などは話題にもなりませんでした。しかし、今にして思うと地理学どころか、地形学についてもごく一部の内容にしか触れていませんでした。

 北海道大学大学院では、「地球生態学講座」という地理学とは特に関係がなさそうなところに在籍していました。教官はみな日本地理学会に所属してはいましたが、大学院生は地理学とは無縁の者が過半数を占めていました。ゼミは横浜国立大学時代と同じく、地形学ゼミに所属して、ニベーション研究に取り組んでいました。自然地理学の1分野であると思っていた地形学も、人によっては地球物理学や土木・砂防工学の1分野と考えていることもわかりました。この時代にもし「専攻は何?」と誰かに尋ねられていたら、「地理学」とも「地形学」とも「地球環境科学」とも答える場合もあったと思います。

 大学院時代の前半までは「地理学とは何か」について、考えもしていなかったのですが、大学で講義を受け持つようになってからは、いやでも考えざるを得なくなりました。「地理学とは何か」を定義できなければ地理学を人に教えることはできないからです。そこで地理学辞典で「地理学」の項をひくと、「一定の定義を与えることは困難で、人によっては、人類の生態学、分布の科学、土地と人間の環境学などと主張する。しかし多くの地理学者は、人類の住所としての地球表面を、その地域的差異という観点から研究するのが地理学であるという思想にほぼ一致している」とあります (青野, 1989)。一定の定義を与えるのは困難というのは、なんとも困ります。また、地域的差異という場合の「地域」とは何か、と考え出すと、まさに地理学史をさかのぼって勉強しなければいけなくなります。自分の研究していたニベーションに適用させようとしても、わずか100m四方の凹地の中で調査していたのですが、この凹地の中でさらに地域的差異を問題にするというのはおかしい感じもします。

自分の研究にも当てはまる定義は何かと考えていたところ、私は「分布」というキーワードにたどり着きました。分布ということならば、全地球スケールの話にも狭い凹地内の話にも適用できそうだったからです。また、大学時代の恩師の一人である谷治先生の書いたものの中に、「ケッペンの気候分類は、分布に基づいて物事の法則性を見いだす地理的な考え方が貫かれている」という記述があります (谷治, 1990)。この考え方ならば、他の学問分野との重なる部分があっても問題がないと思います。さらに、浜田 (1986) は、地理学を transdisciplinary な研究領域として「分布学」ととらえる試みについて説明しています。以上のことをふまえて、自分なりに「ある現象の分布をある環境との関わりにおいて考える。」ということを地理学の定義と設定しました。

 自分なりの定義は定まったとしても、「地理学とは何か」を人に説明するとき、「人によって定義が異なる」とか、宮本なりの定義を説明しても、なかなかわかってもらえません。わかりやすい説明も考えなければなりません。学生にレポートを提出してもらう際には、テーマは地理学の範囲内で自由に設定して良いするのですが、地理学が何かがわからなければ、的はずれなレポートを書かせてしまうことになります。そこでレポート提出の際の注意事項として「必ず地図を使って説明すること」としました。なぜなら、中村 (1988)が解説しているように、地図は分布を表現する際に必要不可欠な道具だからです。この本の冒頭には「地図をもたない地理学者はいない」と表題がついていて、自分としてはすごくわかりやすい表現だと思い、自分の授業の冒頭でも取り扱うことにしています。

いろいろ考えてゆくと、自分はニベーション研究ばかりではなく、自然地理学全般、地理学全般にも目を向けていくべきだと考えるようになりました。これまでに雑文の類ではありますが、いくつか書いています。今後も思いついたことがあれば書いてみたいと思います。


(注)
地理学とは何か?については、井出 (1997) に大変わかりやすく解説されています。私が記したものは、あくまでも私の個人の考え方なので、一般論は井出 (1997) や青野 (1989) を参照した方がよいと思います。


文献

青野壽郎 (1989) : 地理学. 日本地誌研究所編,『地理学辞典 改訂版』, 二宮書店, 466.

井出策夫 (1997) : 所かわれば地理がある. 井出策夫・沢田裕之編,『くらしの地理』, 文化書房博文社, 1-9.

古今書院地理編集部 (1992) : 特集・鉄道・地図・山・旅・街. 地理, 37(11), 14-47.

中村和郎 (1988) : . 地理学にとって地図はなぜ必要か. 中村和郎・高橋伸夫編, 『地理学講座1 地理学への招待』, 古今書院, 1-20.

浜田隆士 (1986) : 『地球科学への招待』.東京大学出版会, 167p.

谷治正孝 (1990) : ケッペンの気候区.高校通信東書地理,1990.6.1, 2-3.



ニベーション研究


 ニベーションという言葉は、地理学を専門としている人や地形学を専門としている人でも聞き慣れない人が多いと思います。ランダムハウス英語辞典 (CD-ROM版) によると

[地質]雪食:堆雪(たいせつ)下の凍結・融解の繰り返しで起こる岩石の破壊侵食作用.

とあります。日本語ではカタカナで「ニベーション」といいますが、この辞書で発音を聴いてみると、むしろ「ナイベーション」の方が正確です。また、「堆雪の下」とありますが、堆雪の周辺の場合もあったり、凍結・融解とは関係ない場合も想定されます。「堆雪」とは、冬に平坦地に積もっている雪というより、山地・斜面などに吹き溜まり夏まで残っている雪、つまり残雪を指すことが多いと思います。残雪があるとその場所は、温度条件も水分条件も周囲とは異なる環境になります。

地表面の温度は夏には周辺より低くなりますが、冬には周辺より高くなります。また、融雪水の影響で地表面は水分豊富になりますが、降雨による水分量の変化は起こりにくくなります。このような温度・水分環境が雪解けのタイミングによって規定されることが、この研究のおもしろさでもあり、難しいところでもあります。そして雪解けの時期が異なる各地点で起こっている現象を、分布図にして比較することは、まさに宮本なりの地理学の定義「ある現象の分布をある環境との関わりにおいて考える。」にぴったり合致するものとなります。

ニベーション研究については、これまでに若干の論文投稿と学会発表を行ってきました。しかし、恥ずかしながら、持っているデータに比べ公表されているものはあまりにも少ないという状況です。



宮本地理学研究所トップページへ